ウィンブルドン 日本人☆ウィンブルドンで活躍した日本人プレイヤーについてお伝えしています。
 ウィンブルドンのテニス選手権で活躍した日本人には松岡修造や伊達公子、杉山愛、中村愛子などの選手が
 よく知られています。


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ウィンブルドンの日本人について

ウィンブルドン選手権は、テニスの四大国際大会のひとつで、全英ローンテニス選手権大会の通称ですが、もちろん日本人プレイヤーも参加して活躍しています。
2009年の今年も、杉山愛、クルム伊達公子、中村愛子、森田あゆみ、藤原里華、森上亜希子という6人の女子プレイヤーが参加して注目を浴びました。
世界の競合が集う大きな大会ですから、日本人プレイヤーが上位に食い込むのはなかなか大変なのですが、過去には記憶に残るような白熱した試合を演じた日本人もいます。
その筆頭は女子プレイヤーのパイオニアである沢松和子でしょう。
彼女は日本国内の試合で驚異の192連勝の記録を樹立し、1969年の18才の時には、全仏オープンとウィンブルドンの女子ジュニア部門でそれぞれ優勝しました。
その当時の日本テニス界にはアマチュアとかプロフェッショナルという区分がなかったのですが、そんな中で沢松和子は日本人テニスプレイヤーとして初のプロ選手になったのです。
そして、1968年の全仏オープンから、沢松和子の世界への挑戦が開始され、テニス4大大会においても、シングルで全豪オープンベスト4 、全仏オープン ベスト8 、全米オープンベスト8という実績を残し、ダブルスにおいては、1975年、日系米国人のアン清村とコンビを組みウィンブルドンを制覇したのです。
このウィンブルドンの試合中継が当時は録画でしたがテレビで全国放映され、沢松和子の快挙は日本中に大反響を及ぼしたのです。
以後、これをきっかけにテニスブームとなり急速に広まったのです。
1995年には男子シングルスで当時テニス界のプリンスと呼ばれた松岡修造がベスト8入りを果たしました。
準々決勝でも松岡修造は王者サンプラスを相手に大善戦しましたが惜しくも敗れました。
ウィンブルドンでの男子プレイヤーの成績としては、1933年佐藤次郎のベスト4以来、何と62年ぶりの快挙です。
その翌年1996年には、伊達公子が女子シングルスで準決勝に進出を果たしました。
この時はいよいよ日本人初のシングルスへの決勝進出がおおいに期待されたのですが、ウィンブルドン7度目優勝の当時の最強女王であるドイツのシュテフィ・グラフに惜しくも敗れたのでした。
しかし、伊達VSグラフ戦は、日没順延による2日間にわたって行われた死闘で、日本中を熱狂させたのです。
最近では2003年、女子ダブルスで杉山愛がベルギーのキム・クライシュテルスとのコンビで、悲願でありながら今まで2度も決勝で阻まれて手にできなかった優勝を果たしました。
これからも、日本人プレイヤーの活躍に注目したいものです。


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